「利休に帰れ」立花大亀 - 藤庵の日記(茶の湯その他) teaceremonytouan

一椀のお茶を通して直心の交わりをいたしたいと願っています。手持ちの茶道具のほとんどは手づからのもので名物とか高価な道具はございません。丿貫の様な極侘びの茶です。お楽しみいただければ幸いです。ブログの記事には茶の湯の他日々の事など自ら記録として書き留めている事柄もございます。

プロフィール

藤庵 teaceremonytouan

Author:藤庵 teaceremonytouan
茶の湯に関係することを主に書いてます。
「茶の湯は総合芸術」と言われますが、私はいろんな書画、陶芸工芸の貴重な作品をありがたく使用させていただいてるという謙虚な姿勢が必要だと思います。

「侘び」については、利休の侘びよりも西行や鴨長明や芭蕉の侘びをめざしてます。いわゆる「極侘数寄者」として。

このほか、自作の日本画や工芸作品、またアクアリウムなども掲載しています。

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「利休に帰れ」立花大亀



侘びとは耐え忍ぶ心
山上宗ニの狂歌を取り上げている
「大井川くいぜにとまる山がらす鵜のまねすとも魚は取じな」
「茶人が月給取りになるなよ、同時に自己をもののしっている様な歌で有ります。」とある。
立花大亀老師の話はなかなか骨があって興味深いです。
茶の湯の実態についても以下の通り。痛烈です。






(今から約40年前に喝破しておられるのです)
侘びを忘れた現代の茶人達に警笛を鳴らしながら、だいぶ昔にお亡くなりになられました。


何度も書きますが、侘び茶は宗旦まで。宗旦自身の極貧に耐えられず三人の息子達を背に腹はかえられず、武家に士官させた時点で、茶の湯は武家茶となり侘び茶では無くなっていった。
士官のいきさつについては、先に紹介してる井ノ部康之氏の「利休その後、、」に詳しく書かれてますのでご一読を。