表千家の茶箱 - 藤庵の日記(茶の湯その他) teaceremonytouan

一椀のお茶を通して直心の交わりをいたしたいと願っています。手持ちの茶道具のほとんどは手づからのもので名物とか高価な道具はございません。丿貫の様な極侘びの茶です。お楽しみいただければ幸いです。ブログの記事には茶の湯の他日々の事など自ら記録として書き留めている事柄もございます。

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藤庵 teaceremonytouan

Author:藤庵 teaceremonytouan
茶の湯に関係することを主に書いてます。
「茶の湯は総合芸術」と言われますが、その意味は、僕はいろんな書画、陶芸工芸の貴重な作品をありがたく使用させていただいてるという謙虚な姿勢が必要だと思います。
このほか、自作の日本画や工芸作品、またアクアリウムなども掲載しています。

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表千家の茶箱

春の野点に向けて器据もどきを作りました♪












表千家流の茶箱について
表千家では、「茶箱」の扱いは自由です
即中斎宗匠がそのご本でちゃんと書いておられます。
茶箱は「使い方は特にきまりはありません」と。




その著書を紹介しておきます。


「新編表千家茶の湯即中斎千宗左」


1957初版発行


「野点・茶箱」の項をご覧下さい。












近年、お家元ではない方が私ならこうすると言う本を書いておられる事から一部でさも定式化した様な習いと扱われてますが、ある意味家元制度の根幹に関わる事の様にも感じます。
下の書籍はあくまでも著者の個人的見解で、御家元が定めた点前では有りません

 

実はこの本も、最初の注意書きで定まったやり方は無いと書いてあります。
くどい様ですが、表千家の茶箱の扱いは自由です。
「立礼と茶箱を愉しむ」に堀内宗心宗匠が書いて居られる記事が巷の当流派の茶を習ってる人々の不甲斐なさを嘆いていらっしゃるのが見て取れて興味深いです。


以下、5ページ参照


『(茶箱)この様な時の点前の仕方を決めたものは無く、特に表千家では形を決めた扱いをしては面白く無く式法に定めない事になっています
世間ではその為、茶箱を持っていても使えない人が多いのであります。

↑点前の式法に添って行うことは出来ても、臨機応変に出来ないことを嘆いておられるのが見て取れて興味深いです。きっと地方教授や講師の中にも多いことから、宗心宗匠のお耳に入っているのでしょう。。。



 一方、現在、表千家では、久田派、堀内派、名古屋の吉田派がそれぞれ独自の茶箱点前を定めています。。。しかしながら、お家元が定めていない点前を授業料を取ってる教授時間内に教えるのはいかがなものかと常々思います。


 茶箱は、改めて申しますが、私は自由にやれば良い事であると思います。



もう一つ注意
即中斎宗匠の茶箱に対する見解の「特にきまりはありません」と堀内宗心宗匠の「定まったやり方はありません」では微妙にニュアンスに違いが有ると思います。 

「きまりはありません」では、言い換えれば「きまりを作る必要は無い」あるいは「自由にやれば良い」と言う意味を含んでいると思います。 

このお言葉には、戦後、お道具が乏しい時代に略点前を考案なされた即中斎宗匠のお気持ちが良く現れているのではないでしょうか。
表千家流では、先ずは「盆略点前」を大切にしたいものです。



短冊や色紙の棚も自由にやればいいのです。






こちらにも記載がありますので参考まで
https://ameblo.jp/yasudari1964/entry-11302388048.html