
看羊録を読む
朝鮮儒学者の日本抑留記
カンハン著
カンハンは当時日本では未発達であった、朱子学の専門家でありながら秀吉の朝鮮出兵に際して捕虜として日本に連れてこられた学者。
日本の朱子学者らが彼に教えを乞うにいたり自由の身となりやがて本国に帰ることができた。
そういう中での日本見聞録。
興味深い事がいくつか書かれているのでここにメモしておきたいと思いました♪
先づはおもしろい話から端
淀君とその子秀頼のこと。
「秀吉の愛妾が秀頼という男子を生んだ。<ある者の言うには、大野修理大夫治長なる者が、秀吉の寵を得てつね日頃から寝室に出入りし秀吉の愛妾と密かに通じて生んだのだ、と。>秀頼生まれてからというもの関白秀次は自然と心に疑いや怖れが生じ暗に叛意を抱いた。
この話はよく言われてますが、既に当時から囁かれていたとは驚きですね。秀頼が大きく顔立ちも、秀吉には似てなかったとの事。知ってる人は知っている(笑)。