日本教会史(ジョアン・ロドリーゲス著 1620年頃記述)を読んで その1 - 藤庵の日記(茶の湯その他) teaceremonytouan

一椀のお茶を通して直心の交わりをいたしたいと願っています。手持ちの茶道具のほとんどは手づからのもので名物とか高価な道具はございません。丿貫の様な極侘びの茶です。お楽しみいただければ幸いです。ブログの記事には茶の湯の他日々の事など自ら記録として書き留めている事柄もございます。

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藤庵 teaceremonytouan

Author:藤庵 teaceremonytouan
茶の湯に関係することを主に書いてます。
「茶の湯は総合芸術」と言われますが、その意味は、僕はいろんな書画、陶芸工芸の貴重な作品をありがたく使用させていただいてるという謙虚な姿勢が必要だと思います。
このほか、自作の日本画や工芸作品、またアクアリウムなども掲載しています。

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日本教会史(ジョアン・ロドリーゲス著 1620年頃記述)を読んで その1



図書館で先日少し紹介したジョアンロドリーゲスの「日本教会史」を借りました。


 この本の特徴は 

1、イエズス会による布教を目的にしていること


 2、最高支配者の保護(の受け方)ないしは改宗強化、ロドリーゲス自身、
秀吉、家康、秀忠に直接会った事などが詳しく書かれている。


 3、日本文化の卓越性の指摘。


以下、具体的記述の事例 

1、日本建築技術の優秀さや調和、荘厳華麗さ 

2、いけばなの方法。西洋では自然に無い花の美観を出すために多くの花を一緒にして花束を作るのに、日本はこれを避け自然さを一義とする。 

3、酒宴に於ける献盃に注目し、他國には見られない。 


4、茶の湯に関する細かな記事。将軍の茶は宇治から一旦京都郊外愛宕山に運ばれ涼しい山で夏を越し10月に東海道を、いわゆる御茶壷道中で江戸に運ばれた。


などなど、文化史の観点から枚挙にいとまがないです。


 

高価な茶道具についても記述があります。

 「茶の湯の道具を探し求める人の数が多い上に、それが外国製でありまたその用途にふさわしくて好適と言えるものは稀であったので、その度ごとにその数も少なくなってゆき、この時からそのことに熱中していた人々の間でその道具の値段が出て来る様になった。それ故に、裕福であった者は何かよい品を見つけるとその値段に拘らなかった。所蔵していた者は大事にしておるので高い値段でも手放したがらなかった。しつこくせがまれてその品を譲る時には大変良い値段法外な値段であった。」 




茶事についてもかなり詳細に書かれていて面白いですね♪



 (茶に招待するに)「茶を一服差し上げたい、ご来臨の栄を賜るならば、我が身にとって大きな名誉であると述べ、、、」「指定された日と時刻(中略)林のところへ入るのに通る特殊な門へ行く。屋外にある門の前には、清掃して新たに水を打った空地があり、塀もまた清々しさを感じさせるようにしてある。」 




こんな調子でかなり細かく、席入り、挨拶、炭手前(美しい炭を使うこと)、懐石料理(大変高価な鶴が珍重されてる)、中立、後座(濃茶の飲み回し)。など。




1620年ごろ既に定まっていたのが大変興味深い。
(注 炭点前について)茶書 烏鼠集によると
第1巻38条では「主人炭斗を持ちて出たる刻に客立つ也」
と有るが
第2巻394条では「主人巧者ならば、あるいは師匠ならば、炭斗持ちて出る様体風炉の内、囲炉裏の火直さるる趣き(中略)など見る事これまた仕付け也」。
と有るので、1600前後で炭手前を拝見する習わしになってきたことが推測されます。





尚、当時のポルトガルやスペインのキリスト教布教を捉える上で
サンフェリペ号事件
水先案内人(航海長)であったデ・オランディア
を検索していただくと、国際政治としての布教活動が見えてきます。


捕追
東アジア地域で植民地になってない国は日本以外は無いです。
日本も、この戦国時代末期と明治開国時は危なかったですが。。。