武野紹鴎をその末裔が語る - 藤庵の日記(茶の湯その他) teaceremonytouan

一椀のお茶を通して直心の交わりをいたしたいと願っています。手持ちの茶道具のほとんどは手づからのもので名物とか高価な道具はございません。丿貫の様な極侘びの茶です。お楽しみいただければ幸いです。ブログの記事には茶の湯の他日々の事など自ら記録として書き留めている事柄もございます。

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藤庵 teaceremonytouan

Author:藤庵 teaceremonytouan
茶の湯に関係することを主に書いてます。
「茶の湯は総合芸術」と言われますが、その意味は、僕はいろんな書画、陶芸工芸の貴重な作品をありがたく使用させていただいてるという謙虚な姿勢が必要だと思います。
このほか、自作の日本画や工芸作品、またアクアリウムなども掲載しています。

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武野紹鴎をその末裔が語る



利休を評して次の様に
p174
侘び茶で求めるものは、本来俗世を離れ、隠遁の世界で得られる心の静けさであるべきである。しかし利休は信長や秀吉と言った権力者の茶頭として政治の中に身を置いた。
そして最期まで天下人秀吉との葛藤に心を乱している。その生き方は心の静けさとは程遠いものだった。利休の茶人としての生き方はあまりに紹鴎の侘びとはかけ離れていた。


●千家流の茶を習う自分としては既知の事ととは言え、認めたくないのだが、、、。まあ、切腹がそれを象徴しているだろうし、敢えて言えばそれにより利休が神格化され今日まで続いてきたのも事実と思います。
●読後感
私の従来からの私見ですが、高価な道具を賞翫する「道具茶」。これを侘び茶とは思えません。その点では紹鴎も決して唐物などの呪縛から逃れてはいないのも事実。